thoughts #001 水飲み場がつくる、行為と風景

現代都市における水道と飲み水

私は旅先で街歩きのさなか、公園に立ち寄ることがよくある。元来、歩くことがあまり苦にならない質(たち)なのだが、気づくとついうっかり歩きすぎて足が棒のようになり、公園でひと休みすることになるのだ。そして、公園でその土地の人々や私と同様に旅の途中と思われる人々の様子を見るのが、旅の楽しみの1つでもある。

こと、水飲み場や噴水、公園内を流れる人工の小川など、水のある場所には人々が自然と集まり、それらが都市の風景の一部となっている。水飲み場は喉を潤したり手を洗ったりするのがそもそもの役目であるが、公園で水飲み場に目をやると、それらが意外な行為の場として存在している場面に出くわすことがあり、そのことに大きな興味を抱いた。

上野公園(東京)の水飲み場|2023.3撮影

水は、日本のように一定の降雨量がある地域においては、アクセスしやすい物質であり、それ自体の希少性は大きくない。雨水を溜めたり、川に流れ込む水を引き込んだりして、衛生面をあまり気にしない生活用水や農業など食物栽培のために使うことは比較的容易にできる。むしろ、近年は豪雨災害など「多すぎる水」が私たちの暮らしを脅かしている。

しかし、飲料水となると、そのハードルは途端に高くなる。体内に水を取り込みたいのであれば、不純物や細菌など、人間の体にとって害のある成分を含む水を安全な水に変える技術が必要不可欠である。古くから、人類は安全な飲み水をどのように手に入れるかに苦心してきて、特に人口が密集する都市においては、汚染された水から伝染病が広がることが多く、安全な飲み水の確保が都市の生命線となった。

近代水道の誕生以降、水道事業は多くの国で公共事業として自治体が管理・運営を担ってきたが、ここ数十年は水道事業を民営化する動きも出てきており、海外ではすでに「ウォーターバロン」と呼ばれるグローバル企業が、自治体に代わり水道事業を担っている事例が数多く見られる。民営化の結果、不当に水道料金が値上げされ、とりわけ貧困層の人たちの生活を困窮させたり、水道水の品質が落ちたりといった問題も起きている。2000年に起きたコチャバンバ(ボリビア)の「水戦争」はその一例である(※1)。またフランスのパリ市では一旦民営委託された水道事業が、さまざまな理由により再公営化された(※2)。

日本では、人口減少により自治体が運営する水道の利用料収入が減ると同時に、老朽化した水道管や浄水設備の維持管理コストが上がることから、近年、水道事業の民間委託を検討・導入の動きが出ている。2019年10月には水道法が一部改正され、民間への業務委託が可能となった(※3)。しかしながら、海外での水道民営化における事例をみると、安易な民間委託が招きかねない結果には慎重な声も多い。

そのような意味で安全な飲み水へのアクセスは、私たちにとって、政治や経済、社会制度におけるさまざまな要因が複雑に絡んだ現代的な問題なのだ。

代々木公園(東京)の水飲み場|2023.8撮影

開かれた水飲み場での営みから読み解く、「水」×「公共」の可能性

水道水が当たり前に飲める現代の日本に住んでいるとつい忘れがちだが、すでに述べた通り、質の高い、安全な水道水が誰にでも妥当な値段で手に入ること、さらには、公共の場で飲み水をその地域の住人であれ旅人であれ(=税金という対価を払っていてもいなくても)、誰もが口にすることができる場があることは、とても貴重な環境である。

日本の都市部の公園には、必ずと言って良いほど水飲み場が設けられており、そこはあらゆる人を受け入れてくれる。誰もが無料で水を飲んだり手を洗ったり、口をゆすいだりすることができ、あらゆるものが商品として金銭的対価を支払わないと手に入らない中で、こうした水飲み場は、貨幣を介さず「口にするもの」を手にいれることのできる数少ない場の1つである。水が人間の生命維持に欠かせないものである以上、飲み水への自由なアクセスは、私たちの尊い共有財産だと言える。ペットボトルのミネラルウォーターやウォーターサーバーなど、水が「商品」として市場で流通する一方、水道水はとかく軽視されがちだ。

このリサーチプロジェクトでは、そんな普通の飲み水が誰にでも利用可能な公園の水飲み場に焦点をあて、そこで繰り広げられる人々の営みを観察している。身近な水飲み場という存在から、公に開かれた水の意義について改めて考えてみる。

※1 1990年代の終盤に、コチャバンバの水道事業を取り扱っていたSEMAPA(コチャバンバ市営水道局)が民営化された。公営の水道事業ではとても賄いきれなくなった為に、国はコチャバンバの水道サービスを公営ではなく民営化することを決断。ベクテルとユナイテッド・ユーティリティーズが共同で設立した合弁会社アグアス・デル・トゥナリ社に1999年、入札を経ることなくコチャバンバの水道の経営権が託されると、水道料金を最大で150%値上げすると発表した。この契約の下、同社は地下水に対する権利も獲得したため、住民の所有する井戸についても使用料を払えなければ閉鎖することが可能となった。料金を支払えない家庭には容赦なく水道サービスを遮断、水道を利用できない家庭がコチャバンバで続出した。市民の怒りは爆発し、都市の全域で抗議行動が開始されると、警察や軍隊が召集された。結局5人が死亡し、政府は契約を破棄、水道民営化は撤廃され、再び水道事業は公営サービスによるものとなり現在に至る。そもそもボリビア政府が1990年代半ばに水道サービスの民営化に踏み切ったのは、世銀の勧告によるものだった。
出典:『世界の〈水〉が支配される!』国際調査ジャーナリスト協会著,佐久間智子訳,作品社,2004

※2 パリ市の水道は1985年から2009年までの民間委託期間中に水道料金が2倍以上となったこと、また長年の民間委託の中で、水道事業に係る市の専門知識・分析能力やモニタリング・ノウハウが失われつつあったことを理由に、2010年に再公営化された。公営化後、料金は8%値下げされたが、再公営化の正当性を印象づける「政治的なアピール」の側面が大きく、論理的根拠は少ないと言われている。
出典:https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/report/022600172/?P=3

※3 水道法第24条の4により、地方公共団体はPFI法に基づく議会承認等の手続を経るとともに、水道法に基づき、厚生労働大臣の許可を受けることにより、民間事業者に施設の運営権を設定できる。
出典:https://www.mhlw.go.jp/content/000463055.pdf

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