京都市立芸術大学プロダクトデザイン専攻前期実習

今年で5年目になる京都市立芸術大学 プロダクトデザイン専攻の非常勤講師。コロナ禍の中でしたが、なんとか対面授業を継続することができ、7月末に無事、最終プレゼン会も行えました。

今回私は「記録」というお題で、2回生〜院生の計5人の学生とともに実習を行いました。

最初の3週ほどは「記録の実験」と名付け、生活空間(屋内・屋外)の中で気になるモノ(たとえば建物のドア、バス停等)を何か一つ決めて、30個以上ひたすら記録してもらいました。

住宅の窓際に飾られているモノ、さまざまな公共スペースの点字ブロック、扉や壁、家具にとりつけられたネジ、などなど。手法としては、写真におさめる学生がほとんどでした。

一見なんでもない見慣れた風景も、1つのジャンルに絞って記録していくと、(すこし大袈裟に言えば)新しい世界が見えてくるものです。

そして、短い期間でひととおり記録をしてもらうことで、どんな記録の仕方が面白いのか、記録したものが集まることで、どんなストーリーが立ち現れるのか、最後にデザインのプロジェクトとしてまとめるときに、どんな情報が必要になりそうかということを実感してもらい、この次の本番の記録をしていくときの参考にしてもらう狙いがありました。

 

実験のあとは、対象を改めて設定した上で、約3ヶ月後のプレゼンに向けて新たな記録をスタート。

学生が選んだ記録の対象は、公衆電話(電話ボックス)、公園にある動物形の遊具、カラーコーン、さまざまなプロダクトのディテール(部分)、大学構内の土や植物、といったラインナップ。各自の興味を優先しつつ、社会や時代、地域性といったコンテクストを重ねたときに、それらをどう切り取れるか?ということを意識してもらいました。

公衆電話や公園の遊具、カラーコーンは、それぞれ、公共空間の中で時間とともに風化していくモノたちに、改めてスポットをあてたプロジェクトで、パネルや本の形で編集してまとめました。

世の中には、ある一定の期間は多くの人に必要とされ使われたモノたちが、社会や環境の変化とともに次第に使われなくなったにもかかわらず、その場にあり続けているというケースがたくさんあります。

作られた当時の社会や時代背景、人々の生活のありようを記録の集合体が浮かび上がせています。

公衆電話などは、特に物心ついた頃からスマホが身近にあった現在の10代、20代には、これほどまでにたくさんの電話ボックスがあるという事実自体が興味をそそるだけでなく、当時の人々の離れた場所同士でのコミュニケーションの様子を垣間見ることも、新鮮な発見です。

そして、そうしたモノたちが使われなくなり、空間にポツリと取り残されているのを見ると、どれもが、消費主義経済と深く結びついていると感じさせられます。取り残されている理由が、おそらく撤去するのにかかるコストを先延ばしにするためであろう、という点も含めて。

それは取りも直さず、現在進行形で作られている無数のモノにも、同じことが言えるのではないか、ということを考えずにはいられません。

いっぽう、プロダクトのディテールを記録した学生は、 “The details are not the details, they make the design.” というチャールズ・イームスの言葉へのオマージュとも言うべき動画を制作。人工物の「部分」が持つある種の美しさを、日常で見るよりもぐっと拡大することで、見るものに新鮮な驚きを与えます。

はからずも、大量生産されるモノの持つ「光」と「影」を物語る記録が揃いました。

 

最後に、大学の土や植物を記録した学生は、それらを素材にしたクレヨンやインクなどを制作。数年後にキャンパス移転を控えた現在の京都市立芸術大学の、言わば「場所の記憶」となるプロダクトです。量産品であるプロダクトと、土地固有のものを掛け合わせ、モノに新たな意味づけを試みました。

「記録」は2次元の情報になりがちですが、3次元のモノに変換したことで、新たな形を与えられ、受け手にも伝わりやすくなる。デザインの強みを生かせたプロジェクトですね。

カラーコーンの記録

カラーコーンの記録

動物の遊具(象形遊具)の記録

動物の遊具(象形遊具)の記録

公衆電話の記録

 

動画上映の様子

動画のオープニング

動画の1シーン

大学の土や植物の記録

大学の土や植物の記録